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2018年10月13日
ブログ

民話の世界に小トリップ③~流山の由来 おの・ちゅうこう昔ばなしから~

こんにちは。かとうやの藤原です。

シリーズ化している民話について、第三弾です。

第一弾はこちら

第二弾はこちら

 

今日は、そもそもなんでこの辺りが流山と呼ばれるようになったかというお話をしたいと思います。これも言い伝えです。諸説あるそうですが、本日もおの・ちゅうこう昔ばなしから一部引用してお話したいと思います。

 

 

 

流山昔ばなし、始まり始まり~

むかしむかし、

 

 

現在江戸川が流れている辺りに、太日川(ふとひがわ)という川が流れていました。

 

ある日、何日も大雨が続いたせいで、太日川が氾濫しました。川の水が上流から押し寄せてきて大洪水になってしまったのです。

 

そんな大洪水も、日がたつにつれ収まってきました。

ずっと家に隠れていた村人たちが、外の様子を眺めてみると、それまで川が流れていた場所に小山ができていることに気が付きました。

 

川上の上州(今の群馬県)赤城山の土が洪水のせいではるばる、ここまで運ばれてきてしまったのです。

 

赤城山の土からできた山なので、この小山を赤城山と名付けようということになりました。

 

そして時間が経つにつれ、村人がこの小山の麓に移り住むようになりました。

 

こうなると、土地の名前をつけなければいけません。

上州・赤城さんから流れ着いた土で山ができた里だから、「流山」と名付けられました。

 

めでたしめでたし。(笑)

 

これが、流山の由来です。

 

現在も、小山は赤城山と言い、赤城山には赤城神社が祀られています。これはほんとにあります。もちろんご祭神は、群馬県赤城山の赤城神社と同じ神様です。

 

 

このお話には別パターンがあり、同じく川を下って、群馬県赤城神社のお札が流れついてそれをお祀りしたのが赤城神社の始まり、というのもあります。

 

民話とはいえ、こんなつながりがあるなら流山市は群馬県のどこかの市と姉妹都市関係など結んでいるのかな~と思いきや特に関係はないようで。

 

せっかくなら何か関係を作れば良いのに、と思うのでした。

 

前回のお話→(民話の世界へ小トリップ②~民話の中の熊野神社。おの・ちゅうこう昔ばなしから~ )もそうでしたが、昔の人と神社のつながりは深いようですね。

地域によって諸説あるかと思います。おじいちゃん・おばあちゃんが近くにお住まいの方はぜひ聞いてみてください。
この記事を書いた人
藤原 八千代 フジワラ ヤチヨ
藤原 八千代
流山生まれの流山育ちです。 女性に選んで良かった!と思ってもらえる物件探しのお手伝いができるように頑張ります!
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